• ~旅と日々の出会い~

2 古代出雲歴史博物館で学ぶ「知」

駐車場に向かう男の人たちを目の端で見てから隣接する『古代出雲歴史博物館』に向かった。島根旅行を知った上司から、古代出雲歴史博物館の見学を薦められた。本当のところは時間のかかる博物館見学には行きたくない。ところが「アイディア出しは急に考えても生まれない、日頃の好奇心と既成概念の変革だ」のアドバイスにマーケティング・クリエイターとしての自尊心がくすぐられた。

入場のゲートを抜けると、2000年に出雲大社の境内から発掘された直径1.4メートルもある大木を3本束ね3メートルにした大きな柱が迎えてくれる。出雲大社の境内にもそれを伝える印があった。

何のための大柱かしら。その答えは次の部屋に展示されている。束ねた柱を9本使い建てた高さ48メートルの社殿。設計建築会社が柱をコンピュータ解析し、造り出した縮小模型の社殿。地中から大柱が発見されただけでなく、『金輪御造営差図』として代々伝わる設計図のような御本殿平面図と大柱が整合した。どういう形の社殿か別にして鎌倉時代の建築物で、『古事記』で伝えられるような高い社殿だ。

驚きに知識が刺激され、目の前の事実に感性が弾け、その思いを留めようと撮影した。

驚きは続く。次の部屋に入ると、巨大な壁面全体に展示された50センチ程の銅剣358本が眩いばかりに並んでいる。1983年、荒神谷遺跡から発掘された銅剣は、一度に発掘された本数が、これまで発掘された銅剣の総数よりも多かった。そして約10年後の1996年、加茂岩倉遺跡から39口の銅鐸が発掘された。それも一か所からの出土数としては最多の数だった。この発掘で今までの『近畿文化圏と北九州文化圏』説が見直され、出雲文化圏とともに複数王朝説が主流となった。

驚きと感動を上司にどう伝えようか。「おい、マーケッターとしての感想をきかしてくれ」と好奇心にあふれた顔で話しかけるだろう。ありのままのことを報告すれば、哲学科出身の上司のこと、それは現象に過ぎない、本質を考えろ。「なぜ」を見つけて仮説を立てろと言うはず。

古代の生活文化コーナーの椅子に座って大きく深呼吸をした。癖です。出雲は「不思議」がいっぱい。

誰が誰のために、なぜ、こんなものを建てたのか。支配者の権威だとしても生活する人たちはどう思ったのか。上司の策略にまんまとハマった。本質を見詰めるのはテクニックでも方法でもない。自身の考え方や思惟を変えること。それは既成概念や価値を否定するために意識変革の行動を起こすこと。入社の時から何度も何度も言われた。

3 めのは

島根に来たら必ず食べるのが割り子そば。蕎麦の殻ごと挽く地元の蕎麦粉は黒く、店の個性ある出汁や具材の相性もあって楽しめる。

三段重ねの割子そばを注文し、『伊豆の踊子』のページをめくる。雨に濡れた帝大生が茶店で踊子たちと同席するところ。互いに相手を気にする心模様の表現がいい。胸の高鳴りが言葉にできず態度に現れる描写も心にしみる。

古代出雲歴史博物館で受けた感動もうまく言葉にならない。凄かった、ビックリしました、綺麗でしたと言えば。何が凄かった、どう凄かった、凄いとはなんだ、それで何を感じた。「言語という記号にすることだ」と言うに決まっている。それができれば、あの時、妻子ある人を好きになった訳が言えたはず。行間に自分の体験が滲んでいく。

「この椅子、お借りしていいですか」

顔をあげることなく返事した。「どうぞ」

入り口から男の人たちの騒がしい声が近づいて、隣のテープで車座に広がった。周りに配慮しない、無神経な大声の後、「ねえちゃん、トリピー」「俺も」。「じゃあ、生八な」。「すみません、僕、車の運転があります」。「そうか。じゃ、生七と、ウーロン茶だ」。

椅子を借りますと言った男の人が運転もする。

「よう、幹事、コンパニオンの姉ちゃん、呼んだだろうな」

運転もし幹事でもある男の人が、周りのテーブルに小さく頭を下げ、「少し小さな声で」と諭す。場をわきまえる常識はあるようだ。男の人たちも「すんませんな」と大声で謝った。

指が凄く太くて節も瘤のように膨らんでいる。それに随分陽に焼けて浅黒い。幹事の男の人も焼けてはいるが比較するとそれほどでもない。それに少しきゃしゃだ。といっても、腕と太腿はみんなと同じで太い。

自分や相手を分かるために第三者と比較する。30歳になった年、後輩の女の子に「お尻、大きくなりました」と指摘された。随分無神経な言葉だと思ったが、確かに若い子たちに比べれば大きかった。それにラフな服で身体の変化を隠していた。次の日、股上が浅いローライズデニムにパンプスを履いて出社した。しゃがむと骨盤が擦れ、股のあたりが窮屈だった。その頃に比べれば、お尻も太腿ももっと大きくなったかもしれない。

「ねえちゃ、めのはとあご焼き、追加でくれ」

メニューに「めのは」も「あご焼き」もない。「板わさ」の続きに「わかめ」と「野焼き」が並んでいる。

「ねえさん、日本酒は何がああかね」

「先輩、僕が見てきます」と幹事が立ち上がり、周りに小さくお辞儀した。物腰が柔らかいのはいいが、いろんなことに気を遣いすぎるタイプだ。先輩だから仕方ない。でももっと対等に関わり合えないのだろうか。

テーブルの前で男の人が立ち止り一歩近づいた。

男の人の視線に身構える。参道で嫌悪した感情も蘇る。視線の先が腰の下あたりに固定している感じ。椅子をテーブルの下に押した。

「『雪国』か、素敵な小説ですね」

床に落ちた本を拾うと土を払い渡された。何かの弾みに床に落ちたようだ。一瞬、言葉に詰まる。変態扱いした思考に、丁寧な態度に驚いた感覚が礼の指示を伝えられないでいる。直ぐに応えられないまどろっこしい気持を乗越えて「ありがとうございます」といった時には、男の人は背を向けていた。入れ違いに干した海藻と大きな竹輪を盆にのせた店員が現れた。

「つまみはやっぱし、めのはか、あご焼きだな」

店員の割り子そばの食べ方の説明に頷きつつも、視線は隣のテーブルのめのはに向かう。どんな香りがして、触感はどうだろうか。日本酒にあうのなら、その味と喉越しは。

幹事が一升瓶を二本持ってきた。「ほかは」と問い返す先輩たちに、何点か銘柄を上げ、「こっちが好いと思いました」と告げた。パシリのようであり、全体を仕切っていて、相手の先を先をと読んで行動する性格だ。

「姉さん、これ二合ずつ二本、貰いますわ」

注文した男の人と目が合い、先ほどの礼を込めて会釈した。気が付かなかったようだ。

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